稲置街道109 2社の稲荷社&2社の境内社

小牧神明社境内社,南向きの稲荷社の祀られた石垣は

小社を祀るスペースだけ西に突き出した形になっており、

その石垣の上に銅板葺流れ造の社が祀られていた(写真左)。

その社前、石垣の麓には拝石。

拝石から右(東)に向かって鉄の賽銭箱、

そして「金比羅社」と刻まれた社号標が並んでいた。

まるで、大きさの異なる2社を同じ石垣の上に並べなければならない理由が

まったく想像がつかないだけに、とても奇妙な祀られ方だ。

なぜ、稲荷社と金比羅社を。

本殿を挟んだ向い側、西側にも稲荷社が祀られていた。

こちらの稲荷社は朱地に「御林稲荷社」と白抜きされた幟と朱の鳥居が立ち並び、

2社の稲荷社は、まさにハレとケに分けられる(写真中)。

それにしても、コンクリート造の鳥居の土台、

途中の鳥居が朽ちた場合はどういう対応がなされるのだろう。

鳥居のトンネルを抜けて行くと、社のずいぶん手前で鳥居は絶えた(写真右)。

一般的な感覚だと、鳥居を社前に配置するところだが…

社の祀られた玉石を組んだ石垣や瑞垣の巡らされた基壇は

本殿の東側に祀られた山の神社と

http://SNS.jp/view_diary.pl?id=1961610585&owner_id=350761

同じ規格のものだが、

以下のように、異なる部分がある。

 〈御林稲荷社〉 〈山の神社〉

細かい石段が五段 大きな石段が三段

    朱の瑞垣 素木の瑞垣

  覆い屋が設置 覆い屋は無し

    藩塀無し 藩塀有り

御林稲荷社の覆い屋の屋根は銅板葺で

鬼板、破風板、懸魚、垂木を備えた本格的な社殿の屋根で、

それを、最低限のコストの柱に乗せてリサイクルしたものだ。

その覆い屋脇のスチール物置に、2基のイーゼルが立て掛けてあった。