良心的兵役拒否者の葛藤

アメリカ映画では、キリスト教の非暴力の信仰と兵役との葛藤を描いた作品の歴史があり、有名な作品ではまず1941年ハワード・ホークスの『 ヨーク軍曹 』があります。

非暴力を教えるクエーカー教徒が自分の信仰との葛藤に悩みながら、国と仲間のために第一次大戦で武勲をあげた実話を基にした作品で、ゲーリー・クーパーが1回目のアカデミー主演男優賞を獲得。 『 イングロリアス・バスターズ 』では戦意高揚映画の成功作として取り上げられてました。

ちなみにゲーリー・クーパーの2回目のアカデミー主演男優賞を獲った『 真昼の決闘 』では、グレース・ケリー演じる妻が非暴力のクエーカー教徒で、そこがドラマの重要なキーとなっていました。

1956年ウィリアム・ワイラーの『 友情ある説得 』 南北戦争での、これもクエーカー教徒の父子の話。  脚本は『 アラビアのロレンス 』『 猿の惑星 』などのマイケル・ウィルソンで赤狩りパージ中だったため、ノン・クレジットで書いた作品。

父親はこれもゲーリー・クーパーで後の2作品で彼がキャスティングされたのは、おそらく『 ヨーク軍曹 』の主演だったからこそ、あえての起用とぼくは思います。

良心的兵役拒否は非暴力の信仰の自由と兵役の義務の板挟みというのがないと出てこないの問題で、日本では軍国主義の時代は考えられないし、戦後は兵役の義務そのものが否定的に教育されてきているので関心そのものがない。

と思ったら、日本にも良心的兵役拒否の歴史があったんですね。

日露戦争時の矢部喜好という人。 結果的にエドモンド・T・ドス同様衛生兵として従軍し、のちに牧師となりましたが、明治は軍国昭和とはまた違いますね。

戦争という状況に逃げ場のない状態で置かれたどうするのか。

戦うのか。 武器を取らない形で協力するのか。 たとえ殺されたり、刑務所に入れられてもあくまで協力しないのか。  それでも、何とか逃げるのか。

自分自身を問われるシビアな話と思います。